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毒と魔法の植物誌

~笑いと狂気、そして癒しを巡る小さな冒険~

公開日:2025年6月3日|最終更新日:2026年2月11日

毒と魔法の植物のイメージ

はじめに──植物は小さな宇宙

⚠ 注意事項: 本記事に登場する幻覚作用を持つ植物や物質は、多くの国や地域で法律により規制されています。健康被害や法的リスクを伴うため、決して自己判断で試すことのないようにご注意ください。
「すべてのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。毒か薬かを分けるのは、ただ量だけである」
──パラケルスス『七つの弁明』(1538年)[1]

窓辺の鉢植え朝、目覚めてカーテンを開けると、窓際の鉢植えが小さな芽を伸ばしています。その鮮やかな緑を見つめるとき、私たちはどれほどその奥底に潜む力を知っているでしょうか。草や花は日々の潤いを与えてくれる存在ですが、その優しげな姿の裏には、奇妙な夢を見せる力、時に生命をも脅かす「毒」という暗い顔も隠されています。

古来より、人間は植物を食糧とし、薬として頼り、また毒として利用してきました。神話や伝説にも数々の植物が登場し、それぞれに不思議で魅力的な物語が添えられています。たとえば、「人の形に似た根を持つ」とされるマンドレイクは、中世ヨーロッパでは「引き抜くと悲鳴を上げ、聞いた者は狂う」という恐ろしい伝承をまといながらも、霊薬や媚薬として珍重されていました。

こうした伝承は単なる迷信の類と思われることもありますが、一部には実際の化学作用が反映されていることも少なくありません。薬効をもたらす成分と、幻覚や錯乱を引き起こす毒性は、案外紙一重です。量や使い方しだいで「薬」にも「死」にも転じる──その両義性こそが、植物の大きな魅力と言えるかもしれません。

今回は、この植物の小さな宇宙を探求する旅にお連れします。やさしいハーブの香りから、魔女伝説の黒い影、そしてシャーマンの幻視体験まで。あなたのすぐ隣にある鉢植えや庭の花に、どれだけの「魔法」が詰まっているか、少しだけ想像しながら読み進めてみてください。

🌿 豆知識:神話を彩る植物たち

  • 古代ギリシャでは、月桂樹が神アポロンに捧げられ、勝利や栄誉の象徴とされました。
  • ヨーロッパでは、魔除けのために玄関にハーブを吊るす習慣が今も残っています。
  • 植物の薬効や毒性は神秘的な力として捉えられ、多くの伝承に織り込まれてきました。
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ささやかな日常の魔法──ハーブとアロマの世界

「すべての被造物のなかに、人のためになる薬がある」
──ヒルデガルト・フォン・ビンゲン『フィシカ(自然学)』(12世紀)[2]
ハーブティーとドライフラワー

私たちが普段から親しんでいるハーブティーやアロマオイルには、柔らかな魔法が宿っています。カモミールの甘い香りは胸の奥の緊張をほどいてくれるようですし、ミントの清涼感は森の小道を歩くかのような爽快さをもたらしてくれます。ラベンダーが枕元から漂うだけで、なんとも言えない安心感に包まれ、いつの間にか深い眠りへと誘われることもあるでしょう。

こうしたハーブやアロマには、テルペンやフラボノイドなどの天然成分が含まれており、抗炎症作用や鎮静作用を及ぼすことが知られています。たとえば、ラベンダーに含まれるリナロールは不安を和らげる作用を持つ可能性が示唆されており[3]、カモミールに含まれるアピゲニンは穏やかな鎮静効果をもたらすという報告もあります。古代エジプトやギリシャでも、ハーブは医療や宗教儀式に欠かせない存在でした。

けれども、ハーブの本当の力は成分表だけでは語りきれません。仕事帰り、どこか重たい気持ちでドアを開けたとき、テーブルの上にカモミールティーが湯気を立てている──それだけで、張り詰めた心の糸がふっとゆるむことがあります。カモミールの甘くやわらかな香りには、言葉にならない「大丈夫」がそっと込められているかのようです。朝のミントティーもまた、口に含んだ瞬間、清涼感が喉を抜けて頭の奥まで届き、曇りがちだった視界がすうっと晴れていくような感覚を与えてくれます。ヨーロッパの古い言い伝えでは、ミントの香りは知性と記憶の精霊を呼び覚ますとされ、学者たちがポケットにミントの葉を忍ばせていたという話も残っています。

雨音が静かに窓をたたく午後には、ぜひレモンバームのハーブティーを淹れてみてください。そのほのかなレモンの香りは、メランコリーな気持ちにやさしく寄り添ってくれます。レモンバームの学名「メリッサ(Melissa)」はギリシャ語で蜜蜂を意味し、その甘く柔らかな香りが心を穏やかにすると古くから伝えられてきました。

心がざわついて眠れない夜には、カモミールの花をひとつまみティーポットに落としてみてください。古代エジプトの人々は太陽神ラーへの捧げ物としてこの花を選んだと言われています。そして、ほんの少し気分を変えたい朝には、ミントをひとつまみ熱湯に浮かべてみてはいかがでしょうか。中世ヨーロッパではミントをポケットに忍ばせることで知性と記憶力が高まると信じられていました。

日常の中にこそ、魔法はひそやかに宿っています。ハーブティーの湯気が揺れるたび、私たちはささやかな魔法に触れ、日々をほんの少しだけ豊かにすることができるのです。

ただし、小さな魔法にも使い方のルールがあることを忘れないでください。精油の原液を直接肌につければ、肌荒れやアレルギー反応を引き起こすこともあります。優しく薫る香りにも、しっかりとした化学が潜んでいることを心に留めておいてください。

🫧 Salon de Alpha のハーブティーカウンセリングから

サロンでは、おひとりおひとりの体調や気分に合わせてハーブティーをブレンドしています。「眠れない夜が続く」というお声には、カモミールとリンデンの組み合わせをご提案することが多いです。

ハーブは「飲む」だけでなく「香りを楽しむ」ことも大切。ティーポットの蓋を開けた瞬間の湯気に顔を近づけて、まず深く吸い込んでみてください。その一呼吸が、心を静める最初の一歩になります。

🌿 豆知識:歴史を彩る香りの物語

  • 古代エジプトでは、ミイラ作りや神殿の儀式にフランキンセンスやミルラが用いられました。
  • 中世のヨーロッパでは、ラベンダーが魔女や悪霊から守る香りとして人々の暮らしに根づいていました。
  • 12世紀の修道女ヒルデガルトは、著書『フィシカ』で230種以上の植物の薬効を記録しています[2]
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笑いと錯乱の境界──笑茸と"謎のキノコ伝説"

「キノコは聖なるものであり、畏れをもって扱わねばならない」
──ロバート・ゴードン・ワッソン『聖なるキノコを求めて』(1957年)[4]
森に群生するキノコ

森の奥、あるいは公園の片隅で、枯れ木に群生するオレンジ色のキノコを見かけることがあります。その一群を指して人々は「笑茸(わらいたけ)」と呼び、「食べると笑いが止まらなくなるらしい」と噂してきました。まるで童話に出てきそうな不思議なキノコに、どこか惹かれてしまうのも無理はないでしょう。

実際に、笑茸と総称されるGymnopilus属のキノコには、シロシビンに似た幻覚性成分を含む可能性が指摘されており、その作用について現在も研究が進められています。単なる中毒症状としての錯乱を「笑い」と表現しただけかもしれませんし、本当に一時的に笑いが止まらなくなる幻覚をもたらすのかもしれません。いずれにしても、誤食による嘔吐や痙攣、重度の中毒が起こるリスクは大いにあります。

日本には「笑い茸」にまつわる逸話が古くから伝えられています。狂言の演目『茸(くさびら)』では、家に次々と生えてくるキノコを僧侶が祈祷で退治しようとするものの、キノコたちは踊り出して止められないという滑稽な筋書きが描かれます。笑いと狂気の境界を茶化すような物語ですが、その背景には、山の幸に対する畏敬と警戒が混じり合っていたのでしょう。

北欧のサーミの人々のあいだでは、ベニテングタケ(Amanita muscaria)がシャーマンの儀式で用いられてきたことが、民族植物学の記録に残されています[5]。赤い傘に白い斑点という目を引く姿のこのキノコは、摂取すると陶酔状態をもたらすとされ、霊的な世界との交流に使われたと伝えられています。

笑いが人を狂わせるという恐怖は、キノコの伝説に限らず、ヨーロッパの民間伝承にも深く根づいています。ウェールズの伝承には、荒れ地に住むギウィリオン(Gwyllion)と呼ばれる妖精が、霧の中で旅人に終わりのない不気味な笑い声を響かせ、方向感覚を奪うという物語が残されています[13]。笑い声に惑わされた旅人は二度と家に帰れない──その恐怖は、笑茸の伝承が語る「笑いと錯乱の境界」と、どこか共鳴しているように感じられます。

こうした伝承にはロマンも漂いますが、好奇心に駆られて手を伸ばした先に待つのは、予測できない危険です。笑茸という呼び名の不思議な響きも、あくまで頭の片隅で眺めるだけにとどめておくのが賢明でしょう。

🍄 豆知識:世界の不思議なキノコ事情

  • 北欧では、ベニテングタケがシャーマンの霊的な儀式で用いられた記録があります。
  • 日本の狂言には、キノコが踊り出す『茸(くさびら)』という愉快な演目が残っています。
  • ウェールズの伝承では、妖精ギウィリオンが霧の中で不気味な笑い声を響かせ旅人を惑わすとされています。
  • メキシコの先住民のあいだでは、幻覚キノコが神々と交流するための神聖な植物として扱われてきました。
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魔女の軟膏に潜む悪夢──ベラドンナとダチュラ

「魔女のさまざまな植物は、近代薬理学の礎を築いた」
──ユルゲン・ミュラー「ナイトシェード・アルカロイドの文化史」(1998年)[6]
ベラドンナの花と実

中世ヨーロッパの夜、深い森の奥では、月明かりのもとで女性たちが密やかに儀式を行っていたと言われています。ベラドンナやダチュラ、マンドレイクなどを動物の脂肪とともに煮詰め、軟膏を作り上げる。それを全身に塗り込むと、身体が宙に浮くような強烈な幻覚が訪れたとされています──これが、「魔女が箒に乗って空を飛ぶ」という伝説の薬理学的な背景です[6]

想像してみてください。夜の森で、蝋燭の灯りに照らされながら、女たちが緑黒い軟膏を腕や脚に塗り込めていく。やがて誰かが低い声で歌い始め、ひとり、またひとりと身体を揺らし始める。軟膏のアルカロイドが皮膚から吸収されるにつれ、足元の地面がぐにゃりと歪み、木々が渦を巻くように見え始める──そして自分の身体がふわりと浮き上がるような感覚に包まれたとき、「飛んでいる」という確信が生まれるのです。1486年に出版された『魔女に与える鉄槌(マレウス・マレフィカルム)』には、こうした軟膏を使った女性たちの証言が記録されており[14]、宗教裁判の場で「空を飛んだ」「悪魔の宴に出席した」と語った被告たちの体験は、現代の薬理学で再解釈すると、まさにこのアルカロイドの作用として説明がつくのです。

この軟膏の「魔法」の正体は、ナス科植物に含まれるアトロピンとスコポラミンというアルカロイドです。これらは抗コリン作用を持ち、皮膚から吸収されると神経系に強い影響を与え、錯乱状態や幻視、時間感覚の歪みなどを引き起こします[6]。1545年にスペインの医師アンドレス・ラグーナが、魔女の嫌疑をかけられた老夫婦の家から緑色の軟膏を発見し、その成分を記録しています[7]

ベラドンナの名はイタリア語で「美しい女性(bella donna)」を意味します。かつてルネサンス期の女性たちが瞳孔を広げて目を魅惑的に見せるため、この植物の汁を目薬として使ったことに由来しています。しかし、ほんの数滴の誤りでも視力を奪われ、命すら危険にさらされました。美しさと毒は常に紙一重だったのです。

一方、ダチュラ(チョウセンアサガオ)は、古代インドにおいて深い宗教的意味を持つ植物でした。ヒンドゥー教の聖典『シヴァ・プラーナ』では、ダチュラの花はシヴァ神への供物として特別に聖なるものとされ、修行者たちはこの花を神殿に捧げながら祈りを捧げていたと記されています[15]。シヴァ神が毒の海から世界を救った伝説と結びつき、ダチュラの持つ危険な幻覚作用は「破壊と再生を司る神の力」として畏怖されてきたのです。

マンドレイク(マンドラゴラ)は旧約聖書の「創世記」にも登場するほど古くから知られる植物です。人間の形に似た根は霊薬や媚薬として珍重される一方、過剰摂取すれば強烈な幻覚と死をもたらしました。「引き抜くと悲鳴を上げ、聞いた者は狂い死ぬ」という伝説は中世ヨーロッパ全土に広がり、1世紀のユダヤ人歴史家フラウィウス・ヨセフスは著書『ユダヤ戦記』の中で、マンドレイクを安全に採取するために犬を根に結びつけて引き抜かせる方法を記録しています[16]。犬は根の「叫び声」を浴びて倒れ、人間は安全に根を手に入れる──この残酷で鮮烈なイメージは、中世の写本挿絵にも繰り返し描かれ、植物と恐怖の結びつきを象徴するものとなりました。

闇夜と恐怖、そして好奇心を象徴する魔女伝説。その陰には、植物の秘める化学と歴史が幾重にも錯綜しています。そして興味深いことに、これらの「魔女の薬草」から抽出された成分は、現代の医療でも活躍しています。アトロピンは眼科検査時の散瞳薬や神経ガスの解毒剤として、スコポラミンは乗り物酔い止めとして使われており、毒から薬への転換を見事に体現しているのです[6]

🧙 豆知識:魔女が愛した危険な植物たち

  • ベラドンナの名は、瞳孔を拡げ美しく見せる目薬として使われたことに由来しています。
  • ダチュラ(チョウセンアサガオ)はヒンドゥー教の聖典でシヴァ神への供物とされ、神聖にして危険な植物として崇められてきました。
  • マンドレイクは「引き抜くと悲鳴を上げる」伝説で知られ、1世紀の歴史家ヨセフスは犬を使って引き抜く方法を記録しています。
  • 1486年の『魔女に与える鉄槌』には、軟膏で「空を飛んだ」という女性たちの証言が収められています。
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熱狂する神秘の液──アヤワスカとシャーマニズム

「アヤワスカとは、ケチュア語で「死者の蔓」あるいは「魂の蔓」を意味する」
──リチャード・E・シュルテス、アルバート・ホフマン『植物の神々』(1979年)[8]
アマゾンの森林

ジャングルの深い闇があたりを包む頃、南米アマゾンのシャーマンは密やかに薬草を煮出しはじめます。バニステリオプシス・カアピのツルと、サイコトリア・ヴィリディスの葉──その混合汁はアヤワスカと呼ばれ、先住民の儀式に欠かせない存在です。煮詰められた液体は、苦味と土の香りを伴い、呑む者を深いトランスの世界へ誘います。

アヤワスカの主成分であるDMT(ジメチルトリプタミン)は、通常口から摂取すると体内のモノアミン酸化酵素によって分解されます。しかし、カアピに含まれるMAO阻害成分(ハルミンなど)がその分解を防ぐことで、DMTが脳まで到達し、強烈な幻視体験をもたらすと考えられています[8]。ふたつの植物を組み合わせることで初めて効果が現れるこの知恵を、先住民がいかにして発見したのかは、今もなお謎に包まれています。

体験者たちはさまざまなビジョンを語ります。目を閉じた瞬間、まぶたの裏に万華鏡のような幾何学模様が現れ、それが次第にジャガーやアナコンダといったアマゾンの精霊の姿へと変わっていく。やがて自分の身体の輪郭が溶けだし、森そのものと一体化するような感覚に包まれる──ある者はそこで鮮やかな色彩の世界を旅し、精霊に導かれて「すべてのものが繋がっている」という深い確信を得たと語ります。またある者は、忘れていた幼い頃のトラウマが鮮明に再現され、逃げ出したいほどの苦しみと向き合う中で、不思議な安堵と涙が訪れたと証言しています。亡くなった祖先と再会し、言葉なき対話を交わしたと感じた者もいます。こうしたビジョンの内容は人によって大きく異なりますが、多くの体験者に共通するのは、「自分自身の内面の深い層に触れた」という感覚です。

アマゾンのシャーマンはこうしたビジョンを「植物からの教え」と呼び、アヤワスカをただ幻覚を見せるものではなく、自己理解を深める触媒と位置づけています。儀式の中では、シャーマンが「イカロス」と呼ばれる聖歌を歌いながら参加者のビジョンを導き、闇の中に浮かぶ幻視の体験を安全に見守る役割を果たします。

近年、このシャーマニズムが世界的に注目を集めています。現代社会のストレスや精神的な閉塞感に苦しむ人々が、自分自身を深く見つめ直す機会を求めているのかもしれません。ただし、アヤワスカの儀式には激しい嘔吐や下痢、時には精神的トラウマを引き起こすほどの苦しみを伴うこともあり、決して安易に試せるものではありません。DMTを含む物質は日本を含む多くの国で規制対象です。

アマゾンに生きる人々は、自然の恩恵と恐ろしさを知り尽くしています。彼らが紡ぐ儀式の奥深さは、植物がもつ未知の領域と心の深淵を強烈に示唆してくれるのです。

🌿 豆知識:シャーマンが使う神秘の植物

  • アヤワスカの名はケチュア語で「魂の蔓」を意味し、神聖な儀式に用いられてきました。
  • ふたつの植物を組み合わせて初めて効果が現れる仕組みは、民族植物学の大きな謎のひとつです。
  • 儀式中にシャーマンが歌う聖歌「イカロス」は、参加者のビジョンを導く重要な役割を担っています。
  • 体験に伴う激しい身体的反応は「浄化(ラ・プルガ)」と呼ばれ、儀式の重要な一部とされています。
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ほんの少しの毒と隣り合わせ──身近に潜む危険な植物

身近な有毒植物

遠いジャングルだけが危険の舞台ではありません。私たちの日常のまわりにも、実は猛毒を含む植物が静かに存在しています。たとえば、可憐な白い花を咲かせるスズランには強心配糖体(コンバラトキシン)が含まれています。誤って口にすれば嘔吐や心臓への深刻な影響を引き起こす可能性があります。

美しいピンク色をつけるキョウチクトウ(オレアンダー)は観賞用として人気がありますが、葉や樹皮に含まれるオレアンドリンは強い毒性を持ちます。春先に土手で見かける彼岸花にはリコリンが含まれ、誤食すると下痢や嘔吐、神経麻痺を引き起こします。ジャガイモの芽に含まれるソラニンや、ビワやアンズの種子に含まれる青酸配糖体も、適切に処理しなければ毒となりえます。

ミステリー文学の世界では、こうした身近な植物毒がしばしば物語の鍵として描かれてきました。アガサ・クリスティの『五匹の子豚』では、ドクニンジン(ヘムロック)に含まれるコニインが殺害に用いられます。この植物毒は、古代ギリシャで哲学者ソクラテスの刑死に使われたことでも知られ、静かに神経を麻痺させる性質を持っています[9]。美しい野原に生えるありふれた植物が人の命を左右する力を秘めているという事実を、クリスティは見事に物語に織り込みました。

「怖いから植物を遠ざけよう」という選択肢は、あまりに味気ないでしょう。身近な植物が持つ危険性を知り、慎重に接することで、私たちはその恩恵を安全に享受することができます。美しさと危険性、その二面性を理解することが、自然とともに生きる上で大切なのかもしれません。

🌸 サロンでの精油の安全管理について

サロンで使用する精油にも、「毒と薬の境界」は存在します。たとえばウィンターグリーンはサリチル酸メチルを高濃度で含むため、取り扱いには細心の注意が必要です。NARD式アロマテラピーでは、精油の成分分析表(ケモタイプ)を確認した上で、安全な濃度と使用法を守ることを最も大切にしています。

「自然だから安全」ではなく、「自然だからこそ正しく知る」──パラケルススの教えは、私たちの日々の仕事の根幹でもあります。

⚠ 豆知識:意外と危険な身近な植物たち

  • スズランは可憐な姿とは裏腹に強力な毒を持ち、誤って口にすると心臓に影響を及ぼすことがあります。
  • 彼岸花は古くから墓地や田畑の畦道に植えられ、「触れてはいけない」と教えられてきました。
  • ジャガイモの芽や緑色に変色した部分のソラニンは、古くから知られる身近な植物毒です。
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それでも、植物は私たちの友──薬と毒の境界

「植物が持っている有毒な物質は、量を精製し管理することで治療に使うことができる」
──ウィリアム・ウィザリング『ジギタリスに関する報告』(1785年)の趣旨[10]
薬草と薬瓶

こうして見てみると、植物という存在は毒と薬の両極を行き来する不思議なものだとわかります。多くの医薬品は植物由来の成分をもとに開発されており、古代から漢方やハーブ療法として人々の健康を支えてきました。一方で、その同じ植物が過剰摂取や誤った使い方で大きな害を及ぼすこともある。まさに両刃の剣と言えるでしょう。

アスピリンの前身がヤナギの樹皮に含まれるサリシンであったように、人類は長い歴史の中で自然界から数多くの薬効成分を見出してきました。ジギタリス(キツネノテブクロ)はその代表例です。18世紀にイギリスの医師ウィリアム・ウィザリングがこの植物の薬効を体系的に記録し、心臓病の治療に道を開きました[10]。しかし同時に、投与量を誤れば重い不整脈や中毒を引き起こすことから、「奇跡と危険が紙一重の薬」として知られています。

ケシ(アヘンポピー)もまた、この両義性を象徴する植物です。その成分が精製・管理されることで、モルヒネやコデインとして医療現場で鎮痛に重要な役割を果たしてきました。しかし、使用量や方法を誤れば依存や深刻な健康被害を引き起こします。19世紀イギリスの作家トマス・ド・クインシーは、著書『阿片常用者の告白』(1821年)の中で、痛みを和らげる目的で始めた阿片が次第に制御の難しい依存へと変化していった過程を記しています[11]

幻覚サボテンとして知られるペヨーテもまた、北米の先住民社会において儀礼的に用いられ、精神的な浄化の象徴として尊重されてきました。作家オルダス・ハクスリーは著書『知覚の扉』(1954年)で、ペヨーテの主成分メスカリンによる体験を記録し、日常の知覚が変容する様子とその背後にある不安を率直に書き残しています[12]

植物と人間の関係は、この繊細なバランスの上に成り立っています。人間は植物を恐れるのではなく敬意をもって理解し、知恵をもって活用することを学び続けてきました。そこにこそ、人と植物が織りなす、深く静かな調和があるのでしょう。

📚 豆知識:薬と毒の境界に揺れた人物と植物

  • ウィリアム・ウィザリング:ジギタリスの薬効を体系化し、近代薬理学の礎を築いた18世紀の医師。
  • トマス・ド・クインシー:自らの阿片依存を克明に記録し、薬と毒の境界を文学で描いた。
  • オルダス・ハクスリー:メスカリン体験を通じて知覚の変容を探求し、その美しさと危うさを伝えた。
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おわりに──甘い花の香りと、小さな魔法の日々

食卓のハーブと野菜

今日もテーブルには、色とりどりの野菜が並びます。みずみずしい葉や果実は目にも楽しく、私たちの暮らしを静かに支えてくれています。けれど、その中には、ほんのわずかな毒性を秘めているものがあるかもしれません。正しい下処理と適切な量を守ることで、私たちはそれらを安心して味わっています。もし調理法を誤れば、同じ植物が思いがけない作用をもたらすこともある──そんな繊細な境界線の上に、日々の食卓は成り立っているのです。

それでもなお、人は植物に惹かれ続けます。猛毒や幻覚といった危うさにどこか畏れを抱きながらも、その奥に潜む神秘や物語に心を動かされてしまうからでしょう。夜空を飛ぶ魔女の軟膏に想像を巡らせたり、笑茸の噂に胸を高鳴らせたりするのは、人間の想像力が自然と静かに呼応してきた証なのかもしれません。

もちろん、現実の世界では命を危険にさらすことは避けなければなりません。だからこそ、私たちは植物を正しく知り、敬意を払い、適切な距離を保ちながら向き合う必要があります。恐れるのではなく、理解すること。それが、自然とともに穏やかに暮らしていくための大切な姿勢なのでしょう。

今夜の食卓に並ぶ野菜やハーブも、長い歴史の中で受け継がれてきた知恵に守られています。ひと口ごとに味わいながら、その背景にある小さな魔法や物語に、ほんの少しだけ思いを巡らせてみてはいかがでしょう。植物とともに歩んできた私たちの歴史は、今日も静かな冒険を続けているのです。

🌿 豆知識:身近な植物が秘める魔法と伝承

植物にまつわる言い伝えは、人が自然と穏やかにつきあうために育まれてきた知恵のかたちです。

  • ローズマリーは、記憶力に寄り添うハーブとして古くから親しまれ、試験前や儀式で用いられてきました。
  • ヤドリギは、ヨーロッパの冬の祭りで幸福や永遠の生命を象徴する植物として飾られてきました。
  • 日本ではヨモギが邪気を払い心身を整える植物とされ、お灸や魔除けに大切に使われてきました。

(Author: Etsuko Fukunaga, Founder of Salon de Alpha)

参考文献

  1. Paracelsus. Septem Defensiones (七つの弁明). 1538. "Alle Dinge sind Gift, und nichts ist ohne Gift; allein die Dosis macht, dass ein Ding kein Gift ist."
  2. Hildegard von Bingen. Physica (自然学). 12世紀. 英訳: Throop P. Hildegard von Bingen's Physica. Healing Arts Press, 1998.
  3. Linck VM et al. "Inhaled linalool-induced sedation in mice." Phytomedicine. 2010;17(8-9):679-683. PubMed
  4. Wasson RG. Mushrooms, Russia and History. Pantheon Books, 1957.
  5. Rätsch C. The Encyclopedia of Psychoactive Plants. Park Street Press, 2005.
  6. Müller JL. "Love potions and the ointment of witches: historical aspects of the nightshade alkaloids." J Toxicol Clin Toxicol. 1998;36(6):617-627. PubMed
  7. Laguna A de. Dioscorides (注釈付き翻訳). 1555. 魔女の軟膏に関する記録を含む.
  8. Schultes RE, Hofmann A. Plants of the Gods: Their Sacred, Healing and Hallucinogenic Powers. Healing Arts Press, 1979(改訂版1992年).
  9. Bloch E. "Hemlock poisoning and the death of Socrates: did Plato tell the truth?" J Int Coll Surg. 1956;25(2):204-211.
  10. Withering W. An Account of the Foxglove and Some of Its Medical Uses. 1785.
  11. De Quincey T. Confessions of an English Opium-Eater. 1821.
  12. Huxley A. The Doors of Perception. Chatto & Windus, 1954.
  13. Sikes W. British Goblins: Welsh Folk-lore, Fairy Mythology, Legends and Traditions. Sampson Low, 1880. Chapter I: The Realm of Faerie – Gwyllion.
  14. Kramer H, Sprenger J. Malleus Maleficarum (魔女に与える鉄槌). 1486. 魔女の軟膏と飛行に関する証言を含む.
  15. Shiva Purana (シヴァ・プラーナ). ダチュラ(Dhatura)がシヴァ神への神聖な供物とされる記述. Cf. Zysk KG. Religious Medicine. Transaction Publishers, 1993.
  16. Josephus F. Bellum Judaicum (ユダヤ戦記). 7.6.3. マンドラゴラの採取法に関する記録. 1世紀.